「スポーツトレーナー」という名前の国家資格は、日本にはありません。
名乗るだけなら資格は要らず、チームやジムが「トレーナー」と呼べばその人がトレーナーです。だからこそ、採用する側は何かの資格で力量を見ます。そこでよく名前が挙がるのが、国家資格の柔道整復師と、公益財団法人日本スポーツ協会(JSPO)が認定するアスレティックトレーナー(JSPO-AT)の二つです。
柔道整復師はけがを「治す」ための資格、ATはけがを「防ぎ、競技に戻す」ための資格。この二つが手の届く範囲をどう分け合っているかを知ると、柔道整復師からトレーナーを目指す道筋がはっきりします。
柔道整復師の資格で、現場では何ができて何ができないか
柔道整復は、医師と柔道整復師だけが業として行える施術です。骨折・脱臼・打撲・捻挫・挫傷といったけがに対して、整復や固定などの施術ができます。ただし骨折と脱臼の患部は、応急手当を除き、医師の同意がなければ施術できません。
出典: 柔道整復師法第15条・第17条(e-Gov法令検索)
グラウンドで選手が足首をひねったとき、柔道整復師ならその場で評価して固定し、そのまま施術の計画まで立てられます。資格を持たないトレーナーにはできない部分です。一方で、ウォーミングアップの設計や、筋力トレーニングを使った競技復帰のプログラムは、国家試験の出題範囲の中心ではありません。
| 場面 | 柔道整復師 | JSPO-AT(医療資格なし) |
|---|---|---|
| けがの直後 | 評価・固定・施術ができる(骨折・脱臼は応急手当まで) | 医療資格者に引き継ぐまでの救急対応 |
| けがの予防 | 養成課程で一部学ぶ | 役割の柱の一つ(外傷・障害予防) |
| 競技復帰まで | 施術としての後療法 | リコンディショニング(運動で戻す) |
| 健康保険(療養費) | 急性・亜急性の外傷なら使える | 使えない |
表のとおり、二つの資格は重なる部分が少なく、むしろ隙間を埋め合う関係です。練習中の捻挫も、急性の外傷であれば接骨院で健康保険の対象になります(範囲は整骨院で保険が使える範囲を参照)。チームに柔道整復師がいる価値は、ここにあります。
JSPO-ATは何時間学ぶ資格か
JSPOによると、ATは「スポーツをする人の安全と安心を確保したうえで、パフォーマンスの回復や向上を支援する指導者」です。役割は、外傷・障害の予防、コンディショニングとリコンディショニング、安全管理と健康管理、医療資格者に引き継ぐまでの救急対応の4つとされています。
出典: 公益財団法人日本スポーツ協会『ATインフォメーション』(2026年11月1日参照)
学ぶ量は少なくありません。共通科目が150時間、専門科目が780時間で、専門科目のうち180時間はスポーツ現場での実習です。

出典: 公益財団法人日本スポーツ協会『ATインフォメーション』(2026年11月1日参照)
柔道整復師の養成課程と重なりそうな解剖や救急対応は全体の一部にすぎず、コンディショニング、リコンディショニング、現場実習で専門科目の半分を超えます。柔道整復師の資格を持っていても、AT側に「この時間は免除」という仕組みは、JSPOの免除のページでは確認できませんでした。共通科目の免除は、すでに持っているJSPO公認資格の段階によって決まる仕組みです。
出典: 公益財団法人日本スポーツ協会『講習・試験の免除』(2026年11月1日参照)
2022年カリキュラムでは、専門科目を修了し、実技確認テストを全カテゴリーで合格したうえで検定試験を受けます。資格の有効期間は4年で、期限の6か月前までに更新研修を受けなければなりません。
出典: 公益財団法人日本スポーツ協会『ATインフォメーション』(2026年11月1日参照)
ATは全国で6,807人、柔道整復師は約7.9万人
数で比べると、二つの資格の立ち位置がよく見えます。JSPOが認定するメディカル・コンディショニング資格のうち、ATは6,807人。スポーツドクター(6,647人)とほぼ同じ規模です。

出典: 公益財団法人日本スポーツ協会『スポーツ指導者に関するデータ』(2026年10月1日現在)
| 資格 | 人数 | 基準日 | 女性の割合 |
|---|---|---|---|
| JSPO-AT | 6,807人 | 2026年10月1日 | 26.3% |
| 柔道整復師(就業者) | 78,666人 | 2024年末 | — |
| 柔道整復の施術所 | 50,924か所 | 2024年末 | — |
働いている柔道整復師は、ATの10倍以上います。チームの側から見れば、柔道整復師は探しやすく、ATは探しにくい。両方を持つ人はさらに少ない、ということになります。
編集部は、この差こそが柔道整復師がトレーナーを目指す理由になると考えています。接骨院の数が多い地域では、柔道整復師であることだけでは選ばれにくくなっているからです(柔道整復師の将来性で詳しく見ています)。
柔道整復師からトレーナーになる4つの道
どこから出発するかで、選ぶ道は変わります。高校生・養成校の学生・すでに資格を持って働いている人、それぞれの道を一枚にまとめました。

1. 柔整とATを同じ学校で学ぶ
JSPOが認める大学・専門学校(免除適応コース承認校)の中には、柔道整復師の養成課程とATのカリキュラムを並行して学べる学校があります。注意したいのは手続きです。JSPOは、学校を通じた申請をしなければ適応コースを修了できず、卒業後には手続きできないと案内しています。入学前に、その学校でATのどのカリキュラムを受けられるのかを必ず確かめてください。学費の目安は柔道整復師の学費にあります。
出典: 公益財団法人日本スポーツ協会『免除適応コース承認校』(2026年11月1日参照)
2. 先に国家試験に受かる
どの道を選ぶにしても、柔道整復師の国家試験は避けて通れません。第34回の合格率は71.5%ですが、新卒90.3%に対し既卒は32.9%でした。ATの勉強と並行するなら、柔整の国家試験を最優先にするのが安全です(柔道整復師国家試験の合格率参照)。
出典: 厚生労働省『第34回柔道整復師国家試験の合格発表』(2026年)/公益財団法人柔道整復研修試験財団『回数別 受験者数等一覧』(2026年)
3. 接骨院で働きながら現場に出る
資格を取ったあと、スポーツに強い接骨院に勤め、地域の高校や社会人チームに帯同しながら経験を積む道です。もっとも現実的で、収入を保ちながら進められます。
求人では「トレーナー活動あり」「帯同支援」と書かれていても、勤務時間内なのか休日の手弁当なのかは院によって違います。面接では帯同の頻度と、その時間が給与に入るかを聞いておくと後で困りません。求人票の読み方は未経験・新卒の柔道整復師が求人で見るべき条件で整理しました。
4. 推薦を受けてATの養成講習会へ
JSPOの養成講習会は、誰でも申し込めるわけではありません。都道府県スポーツ協会や中央競技団体などからの推薦が必要です。つまり、3の道で競技団体とつながりを作った人が、次の段階として受ける講習会だといえます。
出典: 公益財団法人日本スポーツ協会『ATインフォメーション』(2026年11月1日参照)・同『資格取得-養成講習会』
柔道整復師・理学療法士の求人・転職情報
働き方・給与・職場選びのポイントは本文の各章で解説しています。
トレーナーの年収は、国の統計では分からない
先に正直に書いておきます。スポーツトレーナーやATだけの平均年収は、国の統計にはありません。厚生労働省の賃金構造基本統計調査では、柔道整復師は「その他の保健医療従事者」という区分にまとめられていて、令和7年の平均は月給31万8,600円、賞与71万8,300円です。年収に直すと約454万円になります。
出典: 厚生労働省『令和7年賃金構造基本統計調査』(2026年)
この数字はあくまで柔道整復師を含む区分全体の平均で、トレーナーとして働く人の収入を示すものではありません。接骨院勤務の年収の幅は柔道整復師の給料・年収にまとめています。
収入の形は、大きく分けると次の3通りです。
| 働き方 | 収入の形 | 安定度の目安 |
|---|---|---|
| 接骨院に勤めつつ帯同 | 接骨院の給与+帯同の手当(院や契約による) | 高い |
| チーム・学校と直接契約 | 年単位の契約が多く、成績や予算で更新が左右される | 低め |
| 開業してチームと提携 | 保険施術+自費のコンディショニング | 院の経営しだい |
私たちは、最初からチーム専属を狙うより、接骨院で外傷を数多く診る経験を2〜3年積んでから活動の比重を移す順番をすすめます。けがの見立ての確かさは、チームが柔道整復師に期待するいちばんの力だからです。開業してトレーナー活動を自費メニューに組み込む考え方は自費診療への移行と独立開業した柔道整復師の年収が参考になります。
“トレーナーだから大丈夫”とは言えない場面
帯同先で柔道整復師が気をつけたいのは、施術と指導の線引きです。
- 骨折・脱臼の疑いがある選手には、応急手当にとどめて医療機関へ。医師の同意がない施術はできない(柔道整復師法 第17条)
- 慢性の疲労や張りに対するケアは、柔道整復の健康保険の対象外。チームのケアを接骨院の保険請求に回すことはできない
- チームのホームページやSNSで「治療」「完治」をうたう紹介は、接骨院の広告として扱われる場合がある
出典: 柔道整復師法第15条・第17条(e-Gov法令検索)/厚生労働省『柔道整復師の施術にかかる療養費について』
3つ目は見落とされがちです。帯同をきっかけに院の宣伝をするなら、接骨院の広告規制で確認してからにしてください。
ATの資格は医療資格ではありません。柔道整復師とATを両方持っていても、施術として行えることの範囲は柔道整復師法で決まります。
ここが気になる、という声に
- Q柔道整復師の資格だけで、プロチームのトレーナーになれますか?
- A
なれます。トレーナーという職名に資格の決まりはなく、採用はチームの判断です。ただし予防やリコンディショニングの力も求められるため、ATや運動指導の資格、現場での帯同経験を合わせて評価されることが多いと考えてください。
- Q社会人になってからATを取るのは難しいですか?
- A
道は二つです。JSPOが認める大学・専門学校に入り直すか、競技団体などの推薦を受けて養成講習会に参加するか。いずれも専門科目780時間(うち現場実習180時間)を学ぶ必要があり、働きながらだと数年がかりになります。
- QATと鍼灸、2つ目に取るならどちらですか?
- A
目指す働き方で選びます。チームで予防から競技復帰まで関わりたいならAT、接骨院や開業で施術の幅を広げたいなら鍼灸です。鍼灸との組み合わせは柔道整復師のダブルライセンスで比べています。
- Qスポーツの仕事が合わなかったら、資格はどう活かせますか?
- A
柔道整復師は介護施設の機能訓練指導員の仕事と給料にもなれますし、医療・健康分野以外へ移る人もいます。選択肢は柔道整復師の異業種転職にまとめました。
判断の目安
高校生なら、柔整とATを同時に学べる学校を候補に入れ、入学前にATのカリキュラムと手続きを確認する。すでに柔道整復師なら、まず外傷を数多く診られる職場で経験を積み、地域チームとの縁ができた段階でATを考える。
どちらの場合も、柔道整復師の国家資格が土台です。トレーナーを名乗る人が多い中で、けがをその場で見立てて施術までつなげられることは、ほかの肩書きでは代わりがききません。
柔道整復師・理学療法士の求人・転職情報
働き方・給与・職場選びのポイントは本文の各章で解説しています。
参考・出典
- 公益財団法人日本スポーツ協会「ATインフォメーション」https://www.japan-sports.or.jp/coach/tabid879.html
- 公益財団法人日本スポーツ協会「スポーツ指導者に関するデータ」(2026年10月1日現在)https://www.japan-sports.or.jp/coach/tabid248.html
- 公益財団法人日本スポーツ協会「免除適応コース承認校」https://www.japan-sports.or.jp/coach/tabid226.html
- 公益財団法人日本スポーツ協会「資格取得-養成講習会」https://www.japan-sports.or.jp/coach/tabid218.html
- 公益財団法人日本スポーツ協会「講習・試験の免除」https://www.japan-sports.or.jp/coach/tabid225.html
- 厚生労働省「第34回柔道整復師国家試験の合格発表について」(2026年)https://www.mhlw.go.jp/general/sikaku/successlist/2026/siken16/about.html
- 公益財団法人柔道整復研修試験財団「回数別 受験者数等一覧」https://www.zaijusei.com/introduction_1_shiken.html
- 厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(2025年)https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei/24/dl/kekka3.pdf
- 厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査」(2026年)https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2025/index.html
- 厚生労働省「柔道整復師の施術にかかる療養費について」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/jyuudou/index.html
- 柔道整復師法(e-Gov法令検索)https://laws.e-gov.go.jp/law/345AC1000000019
参照日: 2026年11月1日


